イギリスとシンガポールからみる
海外の医療事情

 国によって医療事情は大きく異なります。各国が導入している医療制度に着目すると、それぞれが抱える課題や、その改善に向けた取り組みが見えてきます。今回は、イギリスとシンガポールの医療事情について紹介します。

イギリス

 ヨーロッパ大陸の北西に位置するイギリス。先進国として高い医療水準を維持しており、安心して医療サービスを受けられる環境が整っています。
 イギリスでは「NHS(国民保健サービス)」と「プライベート医療」の2つの医療制度が利用されています。

NHS(国民保健サービス)

 イギリスで導入されている公的医療制度が、NHS(National Health Service:国民保健サービス)です。対象となるのは、イギリス国民と6か月以上の長期滞在ビザを保有する人です。基本的な医療サービスは原則無料で受けられますが、処方薬や歯科治療など、一部は自己負担となる場合があります。また、国が定める小児の定期予防接種はすべて無料です。
 NHSは国民が納める税金を財源として運営されており、16歳以上の就労者は国民保険料(National Insurance Contribution)の支払いが求められます。
 NHSを利用するには、居住地域のGP(かかりつけ医)への登録が必要です。まずGPの診察を受け、必要に応じて専門医や病院への紹介状が発行される「紹介制」が採用されています。一方、緊急時には救急車を呼ぶ、または救急外来を直接受診することができます。

プライベート医療サービス

 私立病院や民間の医療機関で受診する場合は自由診療となり、医療費は全額自己負担となります。その自己負担を軽減するために利用されているのが、プライベート医療サービスです。
 プライベート医療サービスに加入することで、NHSで発生しやすい診療や手術の待ち時間を短縮できるほか、GPを介さずに専門医を受診できたり、自分で医療機関を選択できるなどのメリットがあります。

イギリスが抱える医療課題

 イギリスでは、緊急時を除き、症状にかかわらず、まずGP(かかりつけ医)を受診する必要があります。しかし、多くのGP診療所は慢性的に混雑しており、予約が取りにくいうえ、診察までに長時間待つことも少なくありません。
 また、GPから専門医への紹介状が発行された場合でも、専門医が緊急性は低いと判断すると、受診までに長期間待たなければならないケースもあります。

国民の健康維持のための施策

 2025年7月、イギリス政府は国民の健康維持と医療体制の改善を目的に「NHS10カ年計画」を発表しました。主な施策は次のとおりです。

◇全国各地への地域保健センターの設置
 1日12時間、週6日開設するワンストップ型の地域保健センターを設置。診療に加え、就労支援や体重管理、禁煙支援など幅広いサービスを提供し、地域住民の健康維持と疾病予防を推進することが目的です。

◇NHSアプリの機能強化
 アプリ上でワクチン接種や各種検査の予約、処方薬の管理、医療相談などが利用できるよう機能を拡充します。また、AI技術を活用して診療記録の作成のDX化を推進し、医療従事者が患者の診療やケアに充てる時間を増やすことで、慢性的な混雑の緩和を目指します。

◇メンタルヘルス・健康増進への取り組み
 電子たばこやニコチン製品に関する広告・スポンサー活動の規制や販売制限を進めるとともに、ノンアルコール・低アルコール飲料市場への支援を強化し、国民の健康増進を図ります。

 これらの施策を推進することで、慢性的な医師不足や医療機関の混雑、増加する医療費負担など、NHSが抱えるさまざまな課題の改善を目指しています。

シンガポール

 世界トップクラスの医療水準を誇るシンガポール。日本のような公的医療保険制度はなく、政府の補助金と個人の医療貯蓄を組み合わせたユニバーサルヘルスケアを採用しています。
 医療費は基本的に自己負担ですが、政府の補助金に加え「3M制度」や民間医療保険を活用することで負担を軽減する仕組みが整備されています。そのため、一人ひとりが将来の医療費に備える「自助」の考え方が重視されています。
 日本と同様に高齢化が進んでいるものの、医療費の多くを個人負担と政府補助の組み合わせで賄っているため、現時点では政府の医療費負担を比較的低く抑えている点が特徴です。

医療費の負担を賄う3M制度

◇MediSave(メディセーブ)
 強制加入の積立制度である「CPF(Central Provident Fund:中央積立基金)」を基盤とした制度です。就労している人は給与の一部をCPFへ積み立て、そのうち医療専用口座に積み立てられた資金を医療費の支払いに利用できます。積立金は、入院費や手術費などの医療費に充てられます。

◇MediShield Life(メディシールド・ライフ)
 全国民が加入する公的医療保険制度です。MediSave(メディセーブ)だけでは賄いきれない高額な医療費に備えることを目的としており、入院費や高額な治療費などを補償します。

◇MediFund(メディファンド)
 低所得者を対象とした政府のセーフティーネット制度です。MediSave(メディセーブ)やMediShield Life(メディシールド・ライフ)を利用しても医療費の支払いが困難な場合に、医療費を補助します。
 利用できるのは、公立病院での医療費や、ボランティア団体が運営するステップダウンケア施設で発生した医療費などに限られています。

シンガポールが抱える医療課題

 世界トップクラスの医療水準を誇るシンガポールですが、いくつかの課題も抱えています。まず、急速に進む高齢化に伴う病床使用率の上昇や、看護師・介護職員の不足が挙げられます。また、生活習慣や食生活の変化による運動不足に加え、慢性疾患を抱える人の増加も懸念されています。

Healthier SGとポイントアプリを活用した健康づくり

 2023年7月に開始された「Healthier SG」は、60歳以上の国民を対象とした予防医療プログラムです。かかりつけ医による定期健診や食生活の改善、運動習慣の定着を促し、健康的な老後の実現を目指しています。
 さらに、健康促進庁(HPB)が提供するポイントアプリ「Healthy 365」を活用し、高齢者の健康づくりを後押ししています。当初はウォーキングの促進を目的として開発されたアプリでしたが、現在ではHPBが認証する「Healthier Choice(ヘルシア・チョイス)」対象商品の購入時に発行されるレシートのQRコードを読み取ることでもポイントを獲得できます。
 貯めたポイントは、スーパーマーケットで利用できる商品券や、バス・鉄道などの公共交通機関の運賃に交換することが可能です。

 それぞれ異なる医療制度を採用している両国。医療制度のDX化や予防医療の推進を通して課題解決を目指しています。