A Journey
for the Special Moments.
非日常の扉を開ける長崎の旅
長崎県五島列島の秘境にある宿「めぐりめぐらす」のモチーフは、
世界的建築家、ル・コルビュジエの傑作と称されるラ・トゥーレット修道院。
長崎県雲仙市の「地獄」に隣接した星野リゾートの宿「界 雲仙」の特徴は、
「
いつもと違う、特別な体験を味わえる2軒の宿を紹介します。

text & interview & photo: サオリス・ユーフラテス
Stay めぐりめぐらす
五島列島の秘境で思索に耽る
長崎県五島列島最大の島・福江島の市街地から車で北へ40分。分岐を経るたび細くなる山道を進む。一体どこへたどり着くのだろう、ワクワクと一抹の不安さえも抱きながらたどり着いたのは、かつて潜伏キリシタンが隠れ暮らした海辺の小さな集落、

流れのままに五島へ
「土地が持つ力」を感じた半泊
「都会では頭が忙しくて五感が機能していないけど、ここでは風の音、波の音、虫の声、光の動き……身体で感じる情報が溢れています。宿泊してもらう建物だけじゃなく、集落全体を楽しんでもらえる場所です」と話すのは、宿のオーナー・
島に来たばかりの頃、ゲストハウスのオーナーが「秘境のような場所があるから行ってみな」と教えてくれたのが半泊だった。
「初めて半泊に来たときの感覚は忘れられません。原付バイクで坂道を下っていくと突然視界が開けて、なんだここすごいって。本当に冒険しているような気分でした。歴史的背景もあり、土地が持つ力を感じたんです」
細い山道を抜けて行く必要があることから地元の人もあまり足を運ばないこの場所に、子どもを連れて海水浴に訪れるようになった。疲れたときには、ひとりで時間を過ごした。
半泊の廃校活用の公募が出た際、山家さんが手を挙げたことで、2023年3月、「めぐりめぐらす」が誕生。地元の住民の静かな暮らしを守ることができるように、人の出入りが激しくない滞在型のレジデンスにした。
静かな時間に身を置き、自分に向き合う空間
宿の設計を依頼したのは、作家・村上春樹の私邸を設計したことで知られる、ある高名な建築家。山家さんが以前に読んだ『線と管のない家』の著者だった。なんのつながりもないまま連絡してみると「実は五島列島に行きたかった」と快諾してくれた。若い頃、長崎の潜伏キリシタンの教会を周っていたそうだ。
校舎視察の際、宿の個室を造るため、教室だった空間を3分割するアイデアが出た。その幅を測ってみると、ル・コルビュジエがリヨンに建てた「ラ・トゥーレット修道院」の僧坊とほぼ同じサイズだとわかる。長年建築を続けてきたなかでル・コルビュジエに大きな影響を受けてきたというその建築家は、「これは僕がやらなきゃだめだ」とその場で引き受け、ラ・トゥーレット修道院のオマージュとして設計した。
「めぐりめぐらす」の扉を開けて一歩足を踏み入れると、静寂に包まれる。真っ直ぐのびた廊下には「ル・コルビュジエ・カラー」と呼ばれる、一室ずつ異なる色の扉が並ぶ。扉の色は個室のヴォールト(かまぼこ)型の天井にも配色されており、色を選ぶ楽しみがある。ベッドと机と椅子だけのシンプルな部屋に身を置き、余分なものがないことの豊かさを知る。窓から差し込む光が、部屋の表情を変えていく。
料理好きとして知られるその建築家が手がけたキッチンでは、島の食材を料理する時間そのものが贅沢に感じられた。



閉ざされることで開かれる、手放すことで巡る
「クックックックッ」と宿の外から聞こえてくる不思議な声の主は、カエル。宿から1分歩けば、目の前にエメラルドグリーンと群青色が混ざり合う海が広がる。波が引くと玉砂利が触れ合い、鈴の音のような響きが生まれる。山家さんは「田舎だから静かだと思って来た人が『逆に感覚が研ぎ澄まされて、むしろ忙しい』と驚かれることもありますね」と笑う。
館内はWi-Fiが使えるが、外に出ればほぼ圏外。閉ざされることで、開かれる。
「この集落を残していきたい。人も自然も巡らせて」と語る山家さんは、宿の近くで耕作放棄されていた田んぼの再生に取り組んでいる。湧水が流れ入る田んぼには、クレソンやせりが自生し、サンショウウオも姿を見せる。
宿の周りに自生するのは、タラの芽やわらびなどの山菜。和製シナモンと呼ばれ、幹の皮からスパイシーな香りが漂うヤブニッケイもそびえる。宿泊者に人気なのは、焚火。広々とした庭で静かな夜に火を囲むのも格別だろう。
夜になり、部屋にひとりでいると、意識は自分の内側へと向かった。「なぜ今、自分はここにいるのだろう」と過去、現在、未来へと思いを巡らせた。誰にも邪魔されることなく、ただ静かに自分自身と向き合える時間が、そこにはあった。

Experience さとうのしお
流れに身をまかせ、出会った塩づくり
半泊の海岸から徒歩1分、海を見下ろす高台に「さとうのしお」がある。
佐藤洋夫
塩作りを始めたきっかけは、地元の大工さんの言葉。「海水を煮詰めたら最終的に塩が残る」と聞いて、興味を持ったそう。
「こだわりがないのがこだわり」という洋夫さんがたどり着いたのは、にがり成分を残す製法だ。
「1日かけて炊き上げて自然に乾燥させる。時間はかかるし、たくさんは作れないけど。にがりにはたくさんのミネラルが含まれているから、ある程度残しておけるようにね」
プチッ、プチッ、ポコッ、ポコッ。薪で炊き上げられる海水のなかから聞こえてくる。かすかに鉱物を思わせる匂いがする。
「塩を作ることよりも、ここでの暮らしが大切。主人はリラックスして鼻歌を歌いながら塩を炊き上げるんです、身体をゆるめてね。塩にもそれが出てるんじゃないのかな」と昭子さんはほほ笑む。
口に含むと一粒ひと粒を感じられる塩は、ふたりの自然体を表したような、まろやかな味がした。「さとうのしおで作ったおにぎりが一番おいしい」という子どもたちもいると、ふたりは嬉しそうだ。
「忙しいんよ。ブランコに揺られながら火の番をしなければならないし、ときにはコーヒーも飲まなきゃならないし」と窯の前に作ったブランコに揺られながら洋夫さんは、ニヤリと頬を上げた。



Experience 半泊教会
海辺に静かに佇む祈りの空間
「さとうのしお」から坂をくだると、石垣のなかに歴史を感じる素朴な造りの建物が見えてくる。1922年に完成した半泊教会だ。朝、誰もいない教会を訪れた。一見すると民家のようだが、扉をくぐるとそこには清々しい空間が広がっている。ゆるやかなアーチを描く水色の天井は、「めぐりめぐらす」の個室に足を踏み入れた瞬間とシンクロした。
半泊教会を管轄していた浦頭教会の工藤秀晃神父によると、海の目の前に建てられた半泊教会は、迫害され追い込まれた地に教会を建てた潜伏キリシタンたちの歴史を物語っているという。台風から教会を守ろうと、貧しい暮らしのなかでも信徒たちは、目の前の海から石を運び石垣を作ったそうだ。
「半泊教会は築100年を超えています。不便さもあり多くの信徒が福江市内に移住していくなかで、半泊に暮らす信徒のおひとりが長きにわたり半泊教会を守り続けてくれています」と工藤神父。
数分で歩いて周ることができる、小さな半泊集落。ここで心の赴くままに過ごす時間は、自分自身もまた巡りの一部であることに気づかせてくれた。


Stay 界 雲仙
「地獄」を感じる湯治と和華蘭文化を体験
長崎県の「界 雲仙」は、「地獄」と隣あわせという唯一無二の温泉旅館だ。雲仙天草国立公園内に位置し、高温の噴気や熱水が噴き出す「雲仙地獄」と地続きで、全客室が地獄ビュー。湯けむりと硫黄の匂いに圧倒される。
全国23カ所で展開している「界」のテーマは、「王道なのに、あたらしい。」温泉旅館。その地の文化や風土を感じるデザインや会席料理、歴史を学ぶご当地体験などのアクティビティもあり、滞在そのものが旅となる。

大地のエネルギーを感じる湯
その斬新さを最も現わしているのが、51室のうち16室限定の「客室付き露天風呂」だろう。部屋の面積の半分以上が地獄を見渡せる露天風呂で、通常の露天風呂付き客室ではないことは一目瞭然。別棟にある大浴場「湯部屋」の岩風呂も、大地のエネルギーをダイレクトに受けるような力強い泉質で圧巻だ。源泉かけ流しのあつ湯と、ぬる湯に交互に入る内風呂は、ステンドグラスから光が差し込み、夢のような空間となる。
「界」では「温泉いろは」という湯守りから効果的な湯治や泉質、その地の歴史などを解説するプログラムがある。ここ雲仙では、隣接した「雲仙地獄」まで足をのばし、地熱を活用した給油設備「燗付け」の仕組みなどを学ぶ。
さらに早朝には「雲仙地獄パワーウォーク」なるアクティビティも。作務衣姿に地下足袋でアップダウンの激しい地獄ウォーキングに励む。杖を活用したエクササイズにも挑戦し、心身ともに目覚めていく気持ちよさを味わおう。朝めし前の地獄めぐり、これは整う!


異文化の融合を体験
もうひとつの斬新さは、長崎ならではの「
「界 雲仙」では夕食でも和華蘭文化を堪能できる。例えば長崎独特のおもてなし、中国風の食卓を意味する
「界 雲仙」では大浴場や客室のステンドグラスや長崎ビードロの照明、和紙や島原木綿など、ご当地モチーフを各所に取り入れ、異文化の融合を体感できる「界」。またその地の文化体験ができるアクティビティ「ご当地楽」では、長崎が日本における活版印刷の発祥の地であることにちなんで「活版印刷~凸凹の魅力~」を1日に8回開催しており、好きな活版を組んで、世界でひとつのメッセージカードを刷り上げる。
地獄と地続きでありながら、天国のような滞在ができる「界 雲仙」。大地のパワーに後押しされ、魂と身体をリセットしたような爽快感を味わえるだろう。

interview & text: 間庭典子 Image provided: 星野リゾート