働く人の休息学―
“コーヒータイム”がもたらす新しい効果
忙しい日々の中で、ふと立ち止まって一息つく時間。それが「コーヒータイム」です。
診察と診察の合間、手術前の準備、カンファレンス後の雑談。
医療現場には、緊張と集中の連続の中に、ほんの数分だけ訪れる“隙間の時間”があります。
そのひとときに淹れる一杯のコーヒーが、思考を整え、気持ちを切り替え、再び患者と向き合う力を与えてくれる―
そんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

1.「休憩」ではなく「回復」の時間
世界的に“休息”のあり方が見直されています。 近年注目されているのが「マイクロブレイク(micro break)」という概念です。 1〜5分程度の短時間休憩でも、適切に取ることがストレス低減や生産性向上に効果があるという考え方で、一部の先進企業や医療現場でも実践の動きが見られます。
2022年に発表された研究レビューでは、10分以内のマイクロブレイクは作業中の活力を高め、疲労を軽減する効果が小~中程度ながら一貫して認められると報告されています。
つまり、忙しいからこそ「短くても良い休憩を取る」ことが、心身のパフォーマンスを支えるのです。その小さな休息を象徴する存在こそがコーヒーです。

2.「香り」と「習慣」がもたらす心理的効果
コーヒーの魅力はカフェインによる覚醒作用だけではありません。 焙煎された豆の香りには、ピラジンやフラン化合物といった成分が含まれ、嗅覚を通じて気分や覚醒感に影響することが知られています。 つまり、“香りを楽しむ”こと自体が軽いリフレッシュとして機能しているということです。
また、一定の時間にコーヒーを飲む「習慣化」も重要です。 朝の診療前や昼休みなど、同じ行動を繰り返すことで脳に安心感が生まれ、日常のリズムが整いやすくなります。 この「リズムをつくる行為」こそが心の安定を支えているのかもしれません。
3.“一杯の質”が変わると、休息の質も変わる

では、どんなコーヒーを飲むかによって休息の質は変わるのでしょうか。
ここ数年、医療現場でも「コーヒーのあり方」に変化が見られます。 例として、院内に小型のエスプレッソマシンを導入したり、スタッフルームにカプセル式コーヒーマシンを設置したりするケースが挙げられます。 背景には「誰でも簡単に、安定した味をすぐ再現できる」という手軽さと、品質の高さの両立があると考えられます。
もちろん、コーヒーマシンだけが選択肢ではありません。 ドリップバッグや水出しコーヒー、コーヒーの種類においてはカフェインレスコーヒーや、最近ではコラーゲンや食物繊維、乳酸菌などが配合されたコーヒーなど、目的や体調に合わせた多様なスタイルが登場しています。
「いま、自分がどんな一杯を求めているのか」を意識することが、結果的に“自分を整える時間”につながるのです。
4.「ウェルビーイング」としてのコーヒー
医療現場に限らず、企業や組織の世界では「ウェルビーイング経営(Well-being Management)」という考え方が注目を集めています。 これは、従業員の心身の健康・幸福度を高めることで、組織全体の生産性や創造性を向上させようという取り組みです。 日本においても働き方改革の流れの中で、“休憩時間を確保・活用する”ことの重要性が意識されるようになってきています。
ウェルビーイングの観点から見ると、「休む=非生産的」という旧来の考え方はすでに過去のものです。 むしろ短い休息や気分転換こそが、医師やスタッフが長く健やかに働くための“生産的な時間”なのです。
これらのことから、コーヒーは単なる嗜好品ではなく、ウェルビーイングを支えるツールと捉えられます。 香り、温度、味、そして手に取る動作― 五感を使って味わう行為が心のメンテナンスとして機能します。 コーヒータイムが職場の中に自然に存在するだけで、職場文化やチームの雰囲気までも変えていく力を持っているのです。
5.“一杯の価値”を考えるときが来た
米国では今年、コーヒー価格が高値水準に達しました。世界的なコーヒー価格の上昇が続く中で、消費者の意識も「量」から「質」へと変化しています。 コーヒー豆の生産地では気候変動や人手不足が深刻化し、これまで安定していた流通構造が揺らいでいます。
そんな中でも、コーヒーを「豊かな時間の象徴」として大切にする文化は揺らいでいません。 むしろ、限られた資源をどう持続的に楽しむか、という新たな視点が広がりつつあります。
みなさんにとっての理想の休息とは何でしょうか。その時間を、どんな一杯と過ごしたいでしょうか。
手軽に淹れられる一杯、香りに包まれる一杯、特別な豆を選んだ一杯。 どんな形でも構いません。 大切なのは、「自分のために、少しだけ時間を取る」という行為そのものです。 それが日々の忙しさの中で心と身体をリセットし、次の診療へのエネルギーとなるのです。